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刻の本

古びた本は 今も昔も刻(とき)を刻む。

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Dramatic Record ~始まりの声~

数いる仲間のうちでも希少だった我ら。
しかしその中でも異質な私は、この世界に生を受けてから幾星霜もの年月を闇の中で揺蕩ってきた。
光の許に出ることも、姿を現すこともなく。
光を受けることは終ぞないだろうと思っていた私に、貴女は――…。

 
*****

 
「んー?」

不思議そうにコトリと首を傾げたのは、まだまだ小さな女の子。
大樹に茂る葉の隙間から零れる光に照らされた髪は輝かんばかりの金色。
行動をそのまま表すかのように不思議そうな色を秘めた瞳は大空の青。
首を傾げた時にさらりと金色の髪が肩から滑り落ちる。

≪どうした?≫

そんな少女の様子を窺うように聞こえた声は、周囲に響く。
その声は決して大声から成るものではなく、優しく大気を震わせるように響き渡った。

「おきなー」
≪なにかあったかのぅ≫

声を出して振り返った少女の視線の先には、巨大な亀。
それも横たわるその姿だけで大の大人十数人分にもなるだろう高さを持つ亀だ。

この亀は、ここ『精霊の里』に古くから住まう古の精霊。
いつから生を受けているのかすら判らぬこの亀は、他の精霊たちから“翁”や“長”と呼ばれ、この島に時々訪れるこの少女からも翁と呼ばれ懐かれている。

≪あまり危ないことはするでないよ。わしがあれらに怒られてしまうからのぅ≫
「ひーはそんなことしないもん」
≪ならばよいが≫

翁の言葉に頬を膨らませた少女の姿に、言葉をかけた当の本人は面白そうに笑う。
翁の笑いは先ほどとは違った大気の揺れを起こし、周囲の木々をざわめかせ森の音楽を奏でる。
さわさわと音を奏でる木々の音に頬を膨らませる空気を抜いた少女は、再び不思議そうな色を瞳に湛えて翁を見合上げた。
出来るだけ目線が近くなるようにと地に頭をつけている翁だが、元々が巨体な為どうやっても少女は見上げる形になるのだ。

「あのね、へんなの」
≪なにがじゃ≫
「んー…なんかね、くらくてくろいの」
≪はて、暗くて黒いとな…?≫

少女の的を得ない言葉に翁も不思議そうにする。
そして少女が先ほどまで見ていた場所を見やり、しばし思考の海に浸かる。
そうして思い出すのは確か――…。

≪レイナ≫
「なぁに?」

思考の海から浮上した翁は目の前にいる少女――レイナを呼ぶ。
翁が考え込んでいる間に再び元見ていた場所に視線を向けていたレイナは、己を呼ぶ声に振り返る。

≪暗くて黒いといったのぅ≫
「うん」
≪それらは、どう感じたのじゃ≫
「うー…」

どう感じたのかと問われ、レイナは視線をそろそろと動かし考える。
暗くて黒い、最初にそれに気づいて思ったのは…。

「あのね」
≪うん?≫
「うまくいえないけど、さびしーの」
≪うん≫
「さびしくてね、つめたいようなあったかいような…へんなの」
≪そうか≫

本人の言ったように、言葉は相変わらずうまく的を射てはいない。
しかしそれでも翁はレイナの言いたいことが分かったのか。

≪レイナは、どうしたいと思った?≫
「ひーはね、あかるくしたいとおもったの」
≪明るく?≫
「うん。だってね、くらいとこわくなるのよ。あれはね、まっくらでさびしーの。だからあかるくしてさびしくなくするの」
≪そうかそうか≫

明るい色を持つ少女は、暗いのを明るくすると言った。
うまく文章にならに言葉で、それでも自身の思ったことを懸命に伝えてくる。
それに頷いた翁はゆっくりと顔を動かしレイナの見ていた方へと向け。

≪明るくしたいのならばのぅ、行くとよい≫
「いいの?」
≪構わんよ。ただし、危ないと思ったらすぐに戻ってきなさい≫
「うん!」

翁の言葉に元気よく頷いた少女は。
嬉しそうに笑みを浮かべるとぱたぱた服の裾をはためかせ、翁の顔の向けた先である大樹の根元へと駆けて行った。


「んんん」

盛り上がり絡まり、凹凸の激しい大樹の根元をまだ両手で数えられるだろう歳の少女が懸命に上り下りする。
よじ登ってはそろそろと足場を確かめ移動していくその姿は傍から見ていてとても危なっかしい。
しかしそれでも移動し続ける少女に、少し離れた場所から様子を伺う精霊たちは声なき声で囁く。
 
あの子の向かうその先には。
あそこには。
ああ、闇がいるのだ。
暗く深い真黒な闇。
幾星霜もそこに留まり姿を見せない闇が。
異質である我らの同胞が。
 
その声なき声は未だ“聞く”力が未熟な少女には届かない。
早く届けばいいと思っていたその少女に、今この時ほど声が届いてほしいと思ったことは未だかつてない。
どうかあの同胞を光の許に導いてやってほしいと伝えるために……。


「は、ふぅ」

すっかり上がってしまった息をなんとか整えようとするレイナは、その白磁のような滑らかな頬を赤く染めている。
まだ小さく体力の少ない少女には、大樹の根を移動するのは辛いだろう。
しかしこの大樹は翁のいた一角を除いてその周囲はどこも似たり寄ったりの凹凸をしており、
どのルートを行っても結局は息が上がっていただろう。

「ここ、ね」

そう言って、覗きこむのは先ほどまでいた一角のほぼ真後ろに位置する場所。
覗きこんだ先には凸凹の木の根で覆われた影の指す地面しかない。
しかしレイナはそこに何かを感じているようで。
その何かが見えているかのように地面を見つめている。

「ねぇ」

レイナは根が絡まりあうだけで何もないその空間に声をかける。

「ねぇってば、きこえてる?」

なおも声をかけるが反応はない。
もっとも、見たところ何もいない空間なのだから返ってくる反応はないのだが。

「……むしはよくないって、ははうえがいってた」

むっと不機嫌になった少女が呟いた言葉に。
木の根でできた影が揺らめく。
それはユラユラと波立ち。

「…………なにそれ」

再び沈黙した。
一応反応は返したぞと言わんばかりに。

「へんくつっていうんだよ」

こっちはちちうえがいってた、とレイナは続ける。

「ねぇ、でておいでよ」

木の根に組んだ腕を乗せて。
コトンと頭を預けて言う。
これで出てきてくれたらいいなと思いながら。


何かが近づいてくるのがわかった。
それが同胞ではないことは判りきっていて。
自らが遠ざけ遠ざかり、いつしか誰も近づかなくなったことを今更寂しいとは思わない。

何かはゆっくりながらもどんどんと近づく。

久方ぶりに。
そう、本当に久方ぶりに外の景色を視る。

そこには太陽のように眩い金色。
初めはその色が強くて何かなど分かりはしなかった。

けれどそれが近づくたびに。
ゆっくりとその色がなんなのか判別で来て。

やがてそれが金色の髪であることが判る。
その持ち主はまだまだ小さな女の子。
同胞とは明らかに違う種族、人間。
金色の髪と青空の瞳を持つ少女は一生懸命に大樹の根を移動して私のいる場所へとたどり着き。

どうやら私に語りかけているようで。
しばらく反応も返さずそのままでいたら、少女の顔が膨れた。

だから少し影を揺らしてやれば。

依然膨れたままの顔でまた話しかけ。
大樹の根に腕を乗せて、さらにその上に自分の頭を乗せて呟きを漏らす。

―――ねぇ、でておいでよ。

聞こえてきた声が存外に優しくて。
優しい声を発した少女の顔も、先ほどの膨れっ面とは違い優しげな笑顔だったから。

 
私はそれに惹かれたのだ。

 
「ふぁ!?」

先ほど少し揺らめいただけだった影が。
今度は大きく波打つ。
そしてその影が実体を伴って伸びあがり形作り。

「わんこ?」

四足の獣の姿へと変わった。

「でも、ちがう」
≪……判るか?≫

何が違うのか、眉間に皺をよせ言ったレイナの耳に翁とは違う低く響く声が一つ。

「ようやくしゃべったのね」

それは目の前の影からだと判ったのだろうレイナは一つ満足そうに頷く。
そしてそっと本来なら目があるだろう部分を覗き込み。

「ねぇ、ソレじゃなくてちゃんとすがたをみせてよ」
≪………≫

そう言ったら。
影はしばらく考え込むように沈黙して。
次の瞬間ぱしゃんと実体を失い地面の影と同化したと思ったら。

「おっきーぃ」

影からぬぅっと獣の頭部が現れた。
それはそのまま影から頭部、首、胴と現れ。
翁よりも圧倒的に小さく、しかしそれでも大樹の根の上に居る少女が見上げる形にならなければ顔が見えないほどの大きさ。
その体躯は大人が2人か3人、乗れるほどに大きく艶やかな漆黒の毛皮。
瞳はそんな漆黒の毛皮の中にぽつりと浮かぶようにして存在する金色。
姿は犬、もとい狼だろうか。

「それがあなたのほんとうのすがた?」
「是」

漆黒の獣を見上げたレイナの瞳は心なしか輝いていて。
声も先ほどより弾んでいる。

「きれいなけなみね」
「……」

レイナはゆっくりと立ちあがり。
言葉と共にそろそろと手を伸ばす。
それに対して漆黒の獣は沈黙して。

やがてレイナの手が漆黒の獣の頭部に触れる。

「ひーね、かんじたのよ」
「……」
「くらくてくろいの、さびしーって」
「……」
「そしたらね、おきながいっておいでって。だからきたのよ」
「……」

レイナが話す間も漆黒の獣は沈黙を通す。
漆黒の獣が黙っていることに今度は気にせず話しかけたレイナは。

「ねぇ、なまえおしえて?」
「……」
「ひーはね、れいなっていうの。おともだちになりましょ」
「…ともだち?」

漆黒の獣がようやく反応したのは『友達』という言葉。
獣の声音にはそれがなにか判らないという疑問の色が現れている。

「うん、ともだちよ。なかよくなるの」
「私は…」

常ならきっと、私は一も二もなく否と言っていただろうに。
なぜだかこの少女の言葉に直ぐ返すことができなかった。
少女のその声音と触れる手の温かさが、無性に切なくなる。

「ひとりはさびしーの。だからいっしょにいこ」
「……」

気が付けば、頷いている自分がいた。
けれど嫌な気はしないのだ。

きっと、最初から惹かれていた。
少女のその色に気づいた時から、その優しい声に惹かれてから尚。
この少女の傍でなら、明るい光の中でもいいと思えるほどに。

だから、この時私は決めたのだ。
己自身に誓った。
 
この少女の命ある限り。
主と定めた貴女の命が消えるその時まで、何があっても傍に在ろうと――…。
 


 
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Dramatic Record ~金色の物語~

愛し児(めぐしご)が生まれたのは、陰昇月の中旬。
空に昇る月が紅く輝く祈穏の日でした。


*****


西北に位置する小さな島国。
その最果てにある島に、彼らは住んでいた。

「おや、この間見たときはまだくしゃくしゃだったというのに」

そう言って床に敷かれた布団の上に身を起こす女性の腕に納まる小さな赤子を覗き込んだのは、髪も瞳も、纏う服さえもが全てを飲み込むかのような漆黒色の彼。
黒尽くめの彼はそっと手を伸ばして赤子に触れる。

「この間と言ってもつい先日でしょう」

そんな漆黒の彼の言葉に笑いながら答えたのは、赤子を優しく抱きかかえた女性。
漆黒の彼とは違い柔らかな黒を持つ髪と瞳の女性はくすくすと笑い続けている。

「しかし、先日といっても早いものだな」
「ああ、あなたたちは少しどころかかなり違いますものね」
「酷いなぁ」

ねー、と腕の中の赤子に返事を期待するわけでもなく問いかけている女性に、漆黒は苦笑する。
と、彼らのいた部屋の襖が静かに開かれる。

「おや、来ていたのですか」
「やぁ、お邪魔しているよ」

開かれた襖から姿を見せたのは、彼女と同じ柔らかな黒い髪と瞳の男性。
 足音微かに部屋へと入ってきた彼は女性の隣へと腰を下ろす。

「それにしても、案外暇なのでしょうか」
「何がだい?」
「あなたですよ」
「おや…」

1週間ほど前も来ていたでしょう、と言った男性に、漆黒は片眉を上げる。
そのまま談笑を続ける男性2人に、赤子を抱えたままの女性も淡く笑みを浮かべたまま様子を見ていた。

「そういえば、随分と気に入られたようだね?」
「ええ、翁も他の子もみんな気に入ったようよ」

ふと、漆黒が思い出したように言う。
それは主語を抜かした言葉であったが、ちゃんと伝わったようで。
女性はそれに答えながら赤子を優しく撫でる。
相変わらず赤子は腕の中に大人しく収まり、撫でられたことによりむず痒そうに身を捩じらせた。

「紅月に祝福された子。きっと、この子は強く優しく育つわ」
「なんて言ったってこの子は君の子だからね」
「やだ、あなたったら」

仲のいい夫婦はそっとしておくことにして。
漆黒はまだ生え揃わぬ赤子の頭をそっと撫でた。

その髪色は――――明るい金色。




        
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