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刻の本

古びた本は 今も昔も刻(とき)を刻む。

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Portable Doll ~Part 7~

「研究やめー!」

パンパンと手をたたいて音を出し、彼らの注意を引くように声を上げた女性が一人。
彼女は扉の入り口へと立ち金に煌めく長い髪が背に流れるまま、蒼穹の瞳を鋭く吊り上げていた。
そんな彼女の様子を視界に入れた途端慌てだしたのは、地下に造られた特別フロアで仕事をしている研究者たち。
彼らは日ごろB2~4階(B1は地下駐車場だ)を行き来しており、地上に出るのは極稀。
異性との出会いも無きに等しく、そんな同性の園(違)に現れた女性の姿に慌てた…のではなく、ある意味でこのフロアの支配者である女性の登場に慌てたのである。

「レ、レイナさん…」
「お嬢…」
「……」

それぞれ反応を返すも彼らの表情は真っ青。
それに比べ彼らの反応を見たレイナと呼ばれた女性の顔は…見る間に輝く笑顔へと変わっていく。
その笑顔に一同は冷や汗が背を滝のように流れるのを感じたとか。

「徹夜何日目?」
「えっと…3日、かな?」
「食事は」
「え、栄養補給剤…」
「あ、バカ!」
「ほーぅ」
「っ!!」

特別フロアに勤務する者たちには暗黙のルールが存在する。
『住人(※勤務者)以外に真実は話さない、レイナ嬢にはバラさない』というものだ。
なぜそのようなルールがあるかというと、偏に彼らが研究好きのダメ人間だからである。

そんな彼らに与えられた称号は『生活能力破綻者』。

貰って嬉しくない称号であるが彼らはちゃんと自覚していた。
己らは著しく生活能力が低いということを。

そしてレイナは徹夜&食事をとらない彼らを問答無用で世話するのだ。
ちなみに彼らは別に世話をされることに対して嫌がっているのではなく、その後が怖いだけだったりする。
なのでいつも隠そうとするのだが、今回は運悪くまだそのことを知らない新人がいた。

低くなった彼女の声にチキンな彼らはすでに半泣き。
怒った彼女は恋人ですら止められない。

「今すぐシャワー浴びで食堂へ来なさい!!」

今回も有無を言わさず研究室を追い出されシャワールームへ押し込まれた彼らは仕方なく彼女の言葉に従うことにした。


◆◇◆◇◆


「あ、夜なんだ…」

久々(そう、本当に久々だ)に地上へと上がった彼らは今の時間が夜であることを知る。
これが昼間であったなら彼らは目が焼けると騒いでいただろう。

そんな彼らはこれまた久々にシャワーを浴びてすっきりさっぱり、洗濯されていい匂いのするシャツを身に着けている。
そのまま彼らはゾロゾロ集団を成しエレベーターに乗ると、食堂のある休憩フロアへと向かった。

「室長ー」
「長ー」
「シュウさーん」
「おー」

食堂には彼らの上司にあたるシュウがいた。
シュウは彼らの勤める『技術開発部』の室長をしており、彼がここに居るということは自分たちと同じなのだと悟った。
そんな彼らはまたしてもゾロゾロと移動し、カウンター近くのテーブルに座る。
余談だが、食堂には今の時間が夜ということもあり彼ら以外はいない。

食堂に来いといったレイナ本人は今現在厨房だ。

「もしかして今回お嬢が来たの室長のせいですか?」
「スマン…」
「まぁ、いいですけどね」

お互い様です、と言ってレイナの料理ができるまで彼らは雑談に花を咲かせる。

「出来たから運びなさーい」
「はーい」

どうやら料理ができたらしい、カウンターから顔を覗かせたレイナの言葉に彼らは返事をしてカウンターに置いてある料理を運ぶ。
全てを運んだかられはレイナが席に着くのを待ち、彼女が座ったことを確認すると行儀よく(彼女に躾けられた)手を合わせ。

「いただきます」

今回もまたおいしいと彼女の料理に頬を緩ませる。


~おまけ~

「マスター…」
「繋がらない、か」

へにょんと聞こえてきそうな勢いで肩を落としながら声を上げるしー君に、レイナは大きく息を吐く(溜息とは認めない)。
おもむろに立ち上がったレイナはクローゼットに向かい、中から上着とコートを引っ掴む。

「行く?」
「ええ。ほら、入って」

連絡のつかないシュウのところへ行くため、彼女は服を着込み鞄と手に取って、しー君の入ったバスケットをもう片手に下げると家を出た。

特別フロア最下層『情報管理部兼技術開発部室長』の“住む”フロアに雷が落ちるまであと一時間ほど。



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Portable Doll ~Part 6~

「……」
「マスター、いい加減認めたら?」
「ちょっと静かにしてようか」
「でも…」

道のど真ん中で立ち尽くすレイナに、彼女の肩に乗ったPD(愛称しー君)は仕方ないなとホログラムパネルを出し、どこかに接続する。
表示されたのは立体の街並みを模した地図。

「マスター時間ないんだから早く行くよ」
「…はい」

今現在レイナとしー君はイステアの都市を徒歩で移動中。
この広い建物ばかりのイステアを徒歩で移動しているのにはちゃんとした理由があった。

「あ、ドクターからの通信」
「げっ」

レイナが呻くのとほぼ同時に地図の横に新たなホログラムパネルが出現する。
そこに映し出されているのは今回徒歩で移動となった原因が写っていた。

『レイナ、遅い。ちゃんと地図を使ってくれ』
「……」
『レイナが地図を使ってくれなかったらナビゲーションシステムの実験にならないんだからな?』
「だったら自分で!」
『だってレイナ迷子癖あるし』
「マスターここ不慣れでしょ」

原因―――シュウ青年と己の肩に乗るしー君から図星を指されたレイナはとうとう不貞腐れたのか横を向く。

『とりあえずレイナはゴールまでちゃんと来ること。今日はそれで終わりだから、昼食は一緒に、な?』
「高いの食べてやる」
『はは、ほどほどにしてくれよ』

シュウはそう言い残すと通信を切った。
通信の切れたホログラムパネルを消したシー君は道に佇む己のマスターへと声をかける。

「マスター、行こう。今度はちゃんと地図使ってね」
「……ええ」

その後ちゃんと地図を使い目的地へと彼女が着いたのは、午後をいくらか過ぎたころだった。



 


Portable Doll ~Part 5~

朝早く、日も昇り始め辺りが明るくなってきた頃。
この家の家主は未だ自身のベッドで微睡の中にいた。
暖かい布団でうとうとしている家主は、不意に階下から聞こえ始めたバタバタという音に心地よい微睡を中断させられた。
その音はどんどん大きくなり、音を発生させている何かが近づいてきていることがわかる。

「……何」

家主―――レイナは、眠気と寝起きで低くかすれた声を発する。
騒音は部屋の前でぱたりと止み。

「レイナ!!」

次の瞬間大声と共に勢いよく扉が開かれた。

「レイナ、今日モニターの発表があるんだけどぜひレイナにもぐぅっ!!」
「黙れ」

口早に喋る侵入者へとレイナは己が先ほどまで顔を埋めていた枕を容赦なく投げつけた。
それは見事に勢いをつけて侵入者の顔へと直撃し、口早く動いていたそれを閉じさせるという役目を全うした。
枕を投げられた侵入者基シュウは痛めた鼻を押さえ涙目になり、「何するんだ」と言っている。

「うるさい私の微睡を邪魔しやがって冥府への片道切符がそんなに欲しいか」
「イリマセン」

少し脅せば彼は小さくなり「ごめん」と謝った。

「で、朝早くから起こしたんだからちゃんと理由はあるのよね?下らなかったらたたき出す」
「いや、だからPDのモニターになって欲しいんだって」
「……」
「……」
「断る」
「えええええ!?」
「片道切符」
「もう騒ぎませんほんと許して」

彼はやはりヘタレだった。


◆◇◆◇◆


「で、そのあと止める間もなく帰った」
「……」

レイナの話に、聞いていた全員が黙り込む。
主にその侵入者よく無事だったな、と。
ここ数日レポートに追われていたレイナは寝不足で、そんな彼女はザ☆不機嫌だったというのに。
ちなみに不機嫌な時の彼女の怖さはここではちょっと有名であり、泣かされた数は数えきれないとか。

「て、ちょっと待って」
「どうしたの」

何か気づいたように声を上げた女性に、他の女性が声をかける。

「どうしてその人がPDを持ってたの…?」
「あ」
「そういえば」
「っち」

声を上げた女性の言葉にほかの面々も気づき始め。
レイナは思わず舌打ちをした。

「そいつが開発者よ。名前が同じでしょ」
「!!」
「うそ!?」
「知り合いだったわけ!?」
「紹介なさい!」

ここまできたら仕方ないとレイナが暴露すれば、見事女性たちが食いつき。
言うんじゃなかったと後悔してもあとの祭り。
今日から数日、レイナは彼女たちを回避するのに苦労したとか。




Portable Doll ~Part 4~

『それでは発表いたします、厳正なる抽選により選ばれた5人はこの方たちです』

その言葉とともに会場へ現れたのは年齢も性別も様々な5人。
5人の肩や手にはそれぞれ“小さい何か”がいる。

『今回の最終調整のために選ばれましたモニターには今日から十分なデータが集まるまでの間、それぞれに与えられました『Portable Doll』たちと共に過ごしていただきます』

小さい何か――― Portable Doll たちを写そうとカメラのフラッシュが瞬く。
今発表された“彼ら”は世界有数の大企業、神薙カンパニーが開発した小型多機能性ロボで、実に様々な昨日が搭載されているらしい。

『それではここで開発者であり神薙カンパニー社長のご子息でもあるシュウさんから、Portable Dollの説明をしていただきます』

司会者の声にカメラのレンズが舞台袖へとむけられフラッシュがたかれる。
今、開発者が華々しく登場―――…しなかった。

『は、あれ?シュウさーん?ご登場を…て、居ない!?ちょ、いったいど―――…』
「はー…」

街頭モニターを見上げていた女性が大きく息を吐く。
周囲は今映し出されている映像にくぎ付けのようで、そんな彼女の様子には気づいていない。
そのまま彼女は足早に今いる場所を離れた。


◆◇◆◇◆


「ねぇねぇレイナ、ニュース見た!?」
「ええ」
「いいわよねぇ、モニターに選ばれた5人!あーんもう羨ましい!!」

レイナと名前を呼ばれた陽に煌めく金の髪と蒼穹の色をした青い目を持つ女性は、声をかけてきた女性に気のない応えをする。

「まだまだ発売までは日があるし、あの人たちのだれかと仲良くなりたいわ」
「たしかに!」
「PD(Portable Dollの略だ)可愛いよねー♪」

いつの間に集まってきたのか、レイナの周りには幾人もの女性が集まっていた。

「・・・・・・」

レイナはそんな彼女たちには興味を示さず椅子へと座ると、肩にかけていた鞄を降ろし手に持っていたバスケットを机の上へ置いた。

「あれ?レイナ、それ何?」
「あー…これ?」
「なぜバスケット?てかそんなの持ってたっけ…」
「今朝買った」
「………何に使うの」

レイナの答えに彼女たちは疑問符を浮かべ、そういえばこの子は突拍子もないことをたまにするのだと思いだす。
しかしなぜバスケットなのか…と思っている彼女たちの目の前で蓋を開け、中に入っていたものを取出し。

「キャー!」
「うそ、なんで!?」
「5人って話でしょ!?」

レイナの取り出したものを見て、周りの女性たちが騒ぎ出す。
その騒ぎに何事かと集まった人たちもまた、レイナの手にあるものを見て騒ぎ始めた。

「やーめ、怖がってるから」
「でもだって!ここでPDをお目にかかれるなんて…っ!」

そう、レイナがバスケットから出したのは今日一番の話題であろうPortable Dollであった。


「いったいどこで手に入れたわけ!?」
「あぁ、それは…」

興奮のままに問い詰めてきた女性からPDを守るように手で覆ったレイナは、遠くを見るようなまなざしで話し始めた。





Portable Doll ~Part 3~

「名前?」
「そう。ほら、渡した後色々忙しくて聞いてなかっただろ」
「ああ…」

そういえばそうだったなと記憶を辿り思い出す。
あれ以来互いに忙しく、すっかり2人の頭の中から名前のことが抜けていた。

「で、名前は?」
「……聞きたい?」

再び問いかけてきた彼に、レイナはしばし逡巡した後質問に質問で答えた。

「んー…変な名前でも付けた?」
「いや…」

レイナの返事を聞き、いくつかのパターンを考えありえそうなことを口にしてみる。
が、別段そういったわけではなさそうだ。

「じゃぁ教えてよ」
「大声出さないでよ?」
「わかった」

彼に釘をさしてから、レイナはゆっくりと息を吸い。

「シュウ」

名を呼んだ。

「何?」
「はい!」

それに答えた声は2つ。

「…は?」

間抜けた声を出したのは『彼』で、元気よく返事した『彼』はニコニコとした笑顔を浮かべている。

「セツメイヲオネガイシマス」

片言になったのは仕方ない。
だって驚きすぎたのだから。

「だから、シュウ。PDの名前」
「マジ?」
「ほんとよ。ね。しー君」
「うん!ドクターと一緒!」

どうやら聞き間違いでもなんでもなく、しかも随分と可愛がられているらしい。
しー君、しー君、しー君…俺の小さい頃の愛称ってしーちゃんだったよな…と、この事実に気が遠くなりかけた。

「いきなり朝来たかと思ったら何の説明も無いんだもの。これくらいはしたって許されるでしょう?」
「う゛…」

そう、彼---シュウ(青年)はレイナにPDを何の説明もなく(一応取扱説明書は付けたが)押し付けるという暴挙をやってのけた。
それに腹が立ったのか、PDに彼と同じ名前(オマケに姿もほぼ一緒だ)をつけたらしい。

「いくら姿が同じだからって、それはないんじゃ…」
「いいじゃない、呼び名は違うんだから」
「……」

彼女に言い分に、もう閉口するしかない。
元来男という生き物は力で勝つことは出来ても口では勝てないのだから。
押し黙るシュウ青年を他所に、レイナと彼女曰く『しー君』は暢気に話をしている。

「ふふ、成功ねー」
「うん、マスターびっくり!」

2人して話している姿は可愛らしいなぁと思いつつ見ていたシュウは、レイナがここに来ることとなった用件を思い出し、未だ話し続けている2人に声をかけた。

「レイナ、今日は最終調整のために来たんだろ」
「あ、そうそう。データ採集は終わったって連絡がきたから」
「もうプログラムも粗方調整が終わってる。PDを貸して。データ更新と微調整をするから」
「わかった」

レイナは頷くと、シュウの手にPDを乗せる。

「大人しくね」
「うん」
「3日もすれば終わるから、また来てくれ」

彼の手の上に乗るPDの頭を撫で是と答えると、彼はPDを連れて部屋の奥へと消えていった。


これより数ヵ月後、PDの正式発表と発売が成された。


◆◇◆◇◆


~おまけ~

彼奥へ立ち去った後、入り口付近の惨状を見て溜息を一つ。
これはいくらなんでも散らかりすぎであろう。

「まったく、生活能力破綻者め」

愚痴を零しつつ、足元にある書類から整理をしていく。
処理済と未処理のもの、種類別と選り分けてやる。
ついでにと書類整理の際に発見したマグカップをフロアに設置されている休憩スペースに持っていく。
この地下にある特別フロアに勤めている者たちはよく徹夜や自宅に帰らない者が多いため必然的に休憩場所や仮眠室、おまけに簡易キッチンまで設備されていた。

「(至れり尽くせり、って感じねぇ…これだから生活能力破綻者が生まれるのよ)」

結構失礼なことを考えながら簡易キッチンに入りマグカップを洗う。
それが済むとまた別のコップを取りココアを入れてやった。

「ま、こうやって世話してる自分も自分か…」

暖かい湯気を出すホットココア片手に来た道を戻っていると前方から顔馴染みが歩いてくるのが判った。
互いに姿を見つけると片手を上げて挨拶してやる。

「やっほー」
「ああ、レイナ嬢。久しぶりだね」
「ええ、元気そうね」
「はは、それなりに…」

軽く挨拶が済むと2人はまた互いの目指す場所へ向けて歩みを再開してやった。

「(今度差し入れ持っていってあげるか)」

先程の彼の顔色と、今も自分の仕事場に篭っている恋人の姿を思い浮かべて。
次に来た時どうするかの予定を組み立てるのであった。




Portable Doll ~Part 2~

高層ビルの立ち並ぶここは、文明の高度発展したこの世界の中心とも言える都市。
その中心部に聳えるビルは、世界有数の大企業の本社が多く、今彼女が降り立ったこの場所も例に漏れずそうであった。
ビルの玄関口へと続く階段をゆっくりと登るのは、太陽の光を宿したかのような金色の髪に冬空のように澄んだ青い瞳を持つ女性。
彼女が通り過ぎたビルの玄関口の横には『KC』と社名の入った表が取り付けられていた。


◆◇◆◇◆


「彼はいる?」

ビル内に入り受付へと向かった女性は、受付係になにやらカードのようなものを見せ問いかける。

「これは、レイナ様。お待ちしておりました。社長からお話は窺っております。そちらのエレベーターより地下5階へどうぞ」
「え、上じゃないの?」
「今日は地下におられるようです」
「そう…ありがと」

一通りの遣り取りを終え、女性---レイナは示されたエレベーターに乗る。
そしてポケットを漁りおもむろにカードを取り出すと、操作パネルの横にある溝へとそれをスライドさせ、『B5』と表記されているボタンを押した。
このビルは地下2階から下は特殊な施設ばかりとなっており、先程のカードはその施設に行くためのカードキーだ。
エレベーターはすぐ目的のフロアへとつき、レイナはそこから更に奥へと進んでいく。
その最中所々で見知った顔を見つけては挨拶を交わしていく姿から、彼女が顔見知りか、もしくはそれ以上であることが窺える。
やがてたどり着いたのはB5フロアの最奥、『彼』が詰めているらしい研究室だ。
レイナは軽くノックをすると相手の返事も聞かずに室内へと足を踏み入れた。

「うわっ…」

入室第一声。
今彼女の目前に広がっているのは紙・紙・紙の山。
ついでに床にも紙が散乱している。

「……生きてる?」
「失礼だなぁ」

思わず呟いたレイナの声を拾ったのは元気そうな男性の声。

「あ、生きてた。一週間ぶりくらいかしら?元気そうで良かったわ」
「だからちょっと酷くないか?ちなみに10日ぶりな」

紙の山を崩さないよう注意しつつレイナの元へ来た男性は、乱れボサボサになった銀の髪をかけ上げ、眼鏡の奥にある紫電の瞳が喜色に染まっている。

「まったく、またここで寝泊り?」
「仕方ないだろ。最終仕上げに入ってるんだからさ」

呆れた様子を見せるレイナに、彼は小さく呻いて反論するも、それはばさりと切り捨てられた。

「仕方ないじゃないでしょ。あんたは研究にのめり込むと周りが見えなくなる自覚ある?」
「…っく」

完敗である。
言い返す言葉が見つからない。

「んんー!!」

と、そんな2人の間にくぐもった声が聞こえる。
それはレイナが肩からかけているショルダーバッグの中から聞こえており。

「あ、忘れてた」

どうやら素で忘れていたらしい声を上げた彼女が慌てたようにバッグを開けた。

「ぷぁ…っ」
「ごめん、窮屈だったね」
「ほんとだよ、会社着くまでだって言ってたのに」

バッグから顔を出しぷくりと頬を膨らませているのは、レイナの目前に居る彼とそっくりな容姿を持つ人形サイズの男の子。

「やぁ、久しぶりだね」
「あ、ドクター」

腰を屈め男の子と視線を合わせた彼は、小さな頭をそっと撫でてやる。

「そういえばレイナ」
「何?」

頭を撫でていた彼は何かを思い出したのかおもむろに彼女を見上げ、

「この子になんて名前付けたんだ?」

ずっと聞き忘れていた事を問うたのだった。




Portable Doll ~Part 1~

「ぁ…」

ひらりと目の前の空間に現れたのは一通の封筒。
それを難なくキャッチし送り主を確認する。

「ん、またダイレクトメールか」

これは不要、と即削除する。

「はぁ…」

作業が終わって一つ溜息。
そしておもむろに視線を前へと動かした。
視線の先に見えるのは1人の背中。
先程(と言っても数時間は経っている)からずっと動かない背中の主は何をしているのかと言うと、本を読んでいる真っ最中だ。

現在メールが6通と不在着信が9件、留守電が3件。
そろそろ昼食時だから一定感覚でいづれかが届く(送り主は友人たちだ)。
ちなみに今の時刻は11時59分。
今の俺が唯一『聞こえる』声を出せる時が近づく。

カチッと内蔵されたタイマーが12時になった瞬間。

「チャッチャーチャ、チャーラーララ--…」

もうだいぶ慣れた風に着メロを『聞こえる』声で歌う。
その声に気付いた背の主は、本に栞を挟み閉じると、ようやくこちらを向いてくれた。

見えるのは20になったばかりの幼さが抜けた顔と蒼い宝玉のゆおな瞳、普段結われている髪は今は下ろされ、その色は陽に輝く金色。
青い瞳はひたと見据えられたらきっと誰もが動きを停止させるだろう力強さを持っている。

そんな不思議なまでの力強さを持つその人物は、ゆっくりとそれを手に取った。

「…メールが6通、内KCから1件と友人から3件に学校から2件。不在着信が9件と友人からの留守電が3件入ってる」
「あー…KCのを開いて」

『俺』が用件を伝えると、一番重要だろう件を選択された。
その言葉通りに電子パネルを出現させて『重要な案件』と書かれたメールを表示する。
パネルに映った文面を読み上げたその人物は『俺』を見やって口を開く。

「十分データは取れたみたい。問題もないようだって」
「ほんとか!?」

伝えられた結果に、『俺』は目を輝かせる。


『俺』ことシュウは、神薙カンパニーが今年中に発売を予定している多機能性人形型機器『Portable Doll』、通称PDのプロトタイプ最終型だ。
人形型とあるように、俺たちはロボットでありその大きさはなんと15~20cmと小さい。
それでも見た目だけなら本物の人間とまったく同じだ。
機能としては電話やメールに始まり、ネットやテレビなんかも見られる。
知能もあるので先程のように会話することも可能だ。
発売にあたっては外見もある程度好みに応えたいとの事。

そんな開発最終段階である現在、俺たちプロトタイプ最終型は幾人かのモニターの許で数ヶ月のテストを行っているところだったが、それもどうやら終わりのようだ。
この後俺たちは一度回収され、発売用のロボットが作られる。

「数日中には回収するって。それからプログラムを弄ってだから、来月には戻れるんじゃない?」
「そっかー」

俺のモニターである金髪碧眼の人物---レイナは、俺を手の平に乗せて言う。
『戻れる』というのはモニター契約したときの項目の一つらしい。
どうも俺たちはモニターテスト後プログラムを再調整し、そのまま使われることになっているのだとか。

「うー…俺が離れても大丈夫?」
「ん、元々なくても平気だったからね」
「……」

俺の存在意義ってあるのかな、と彼女の許に来て十数回目の疑問であった。