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古びた本は 今も昔も刻(とき)を刻む。
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~闇の長と側近たちの場合~
「魔王様、いい加減機嫌を直してください」
「・・・・・・・・・」
ここは魔城の中にある一室。
執務室を連想させる造りの部屋にはソファーに座る男性と、その傍に控えるようにして佇む男女の姿があった。
「はぁ・・・」
ソファーに座り重い溜息を吐いたのは、背へと流した漆黒の長い髪と同色の瞳を持つ彼---魔物の統率者にして大いなる母とも呼ばれる生みの親、そしてレイナに変態と言わしめるほどの奇行の数々を繰り返してくださる魔王クロス。
その傍に控えている濃紫の髪と金色の瞳を持つ男性---夢魔のインキュバスは、片手でもって呆れにより歪められた秀麗なその顔を覆い隠した。
「主、いくらあなたが落ち込もうとも御子に言われたのであれば仕方ないでしょう」
「そうですよ。大体、姫様にああ言われてしまったのはあなた様の日ごろの行いのせいなのですから。」
インキュバスの言い放った言葉に続き、彼の傍らに立っていた女性もまたクロスへと厳しい言葉を投げかける。
薄青の髪と青紫の瞳を持つ女性---インキュバスと同じ夢魔であり彼とは対の存在であるサキュバスは、クロスの前に出されていた、今ではすっかり冷めてしまった紅茶を手に取り『淹れ直してきます』と一言言い置いてその場から離れた。
「・・・・・・なぜ、どうして。最近はおとなしくしていたと言うのに!一体全体この私が何をしたと言うのだ!?」
「サキュが先ほど言ったでしょう。日頃のあなたの行いが悪いのだと」
「それで納得できるとでも思うのかい!?」
『納得もなにも、嫌がられているのだから諦めてください』と厳しく言い放った彼の言葉を受け、クロスはとうとうソファーへと完全にくず折れてしまった。
「毎年毎年この時期になると『こっちへ来るな』と脅すだなんて…」
最早クロスにインキュバスの言葉は届いていないのか。
聞く耳も持たず自分の世界へと入り込んでしまっている。
勿論ながらソレは悲観の海である。
「どうしてあの子はこんなにも冷たいんだ!?」
あの子、とクロスが言うのはただ一人。
毎度毎度何かにつけてちょっかい、もとい可愛がっている金色の少女、レイナのことだ。
「あら、まだ落ち込んでおられるのですか?」
「ああ、おかえり」
そこへ戻ってきたのは紅茶を淹れ直しに行っていたサキュバス。
銀のトレイの上にはティーセットと、なにやら包みが載っている。
「私だってこの記念日にあの子に会いたいというのに。なのに『来たら絶縁』なんてあんまりではないか!!」
そう、彼が今日この日に落ち込んでいるのはそれが理由。
バレンタインと言う日を楽しみにしていた彼に数日前に言い渡されたのは、『もし当日に姿現してみなさい。一生口きかないから』というレイナからのなんとも(彼からすれば)非常な一言だった。
色々とちょっかいは出しているが基本的に彼女のことを溺愛している彼からすればその一言はあまりにも残酷。
おかげで彼女の元へ行きたくとも行けず、今現在も側近が戻ってきたことに気付かず愚痴を言っているわけである。
「サキュ、それなんだ?」
「ああ、これ?他の子が姫様から預かってきたらしいの」
「あの子から!?」
側近の会話に割り込んできたのは、言わずもがなクロスだ。
『レイナからの預かり物』と聞き先程までの悲壮感はどこへやら。
今はすっかり普段の調子を取り戻したのか漆黒の瞳は心なしか輝いている。
「はい。魔王様に渡すようにと言付かっているようです」
そう言って渡されたのは、先程銀のトレイに乗せられていた包み。
少々大きめのソレは見た目よりも少し重いくらいだろうか。
「カードもあるようですよ」
「何と書かれているんだい?」
差し出されたカードを受け取って。
開いたソレを見た彼の顔は、喜色満面。
そのカードにはこう書かれていたそうな。
『クロスへ。
どうせ今頃落ち込んでるんでしょうが、私は一言もあげないとは言ってないわよ?
中身はチョコケーキだから、みんなで仲良く食べないさい。
いい?みんなで食べるのよ。』
念を押しているあたりが彼女らしいと言うか。
貰えた事に上機嫌になった彼が、レイナの言いつけを破るのは時間の問題。
『ああ、これはダメだな』と側近たちが思ったのは言うまでもなく。
その言葉は口に出されることなくそっと胸の内にしまわれた。
~苦労人とその相手の場合~
「エン」
『食べる』と言って差し出されたのは。
紙袋の中へとぞんざいに入れられたであろう事が判るお菓子の山。
山と言っても紙袋に入っているあたり高が知れているが。
それでも持ち手の部分まで侵蝕して器用に積まれているそれは、それなりに重さがあるだろうにもかかわらず彼の腕の中でなんでもないかのように存在を主張していた。
「おー、今年も見事だな」
「・・・」
名を呼ばれた、肩につくかつかないかでザンバラに切られた漆黒の髪と鮮やかな赤い瞳を持つ青年---エンは、毎度のこととは言えいつ見ても見事なそれに感嘆の声を漏らした。
とは言え自分も同じくらいもらっているのでそれほどリアクションするほどでもないのだが、彼の元来の性格を考えれば普通の反応であろう。
「しっかし、わざわざ用意する子も不憫になぁ」
「・・・苦手」
何が不憫って、せっかく彼のために用意したこのチョコたちは彼の口に入ることはないのだから。
先ほど名を呼んだ彼、高い位置で一纏めにされた深紅の髪に灰色の瞳の青年---ゴウは、エンの言葉に対してポツリと反応を示した。
隠す必要もないのだから生徒間でも周知の事実だが、ゴウは甘いものが大の苦手だったりする。
必要に迫られれば摂取するが、それ以外では勘弁願いたいというのが彼の本音。
しかしそれを判っていても尚甘いお菓子を渡す女性たちはなんとも強かである。
「食べる」
「あー、はいはい。でもさすがにこの数をすぐにってのは無理だからな?」
「・・・(こくん)」
さて、もう既に気付いた人も居るだろう。
先ほどからなされている会話には些細なようでそうではない食い違いが。
明らかに『食べて』と言わなければいけないはずが『食べる』になっている現状に。
「ちなみにな、ゴウ。こーいう場合は『食べる』じゃなくて『食べて』、だろ。言葉は正しく使うようにっていつも言われてんだからいい加減直そうな?」
「・・・・・・」
ゴウは普段からあまり会話をしようとはしない。
何かを喋ったとしても端的すぎる言葉のせいで並みの相手では会話が成り立たないのだ。
彼の言葉を正確に理解し会話できるのは極小数の限られた人数だけ。
家庭環境はいたって普通だったはずだ、とエンは記憶している。(何せ自分は彼の幼馴染であり兄弟のように育ってきたのだから。)
しかし何がどうなってそうなってしまったのか、現状はこれである。
さすがにそれでは拙いだろうと多大なる危機感を覚えた周囲の人間が、それはもう涙ぐましい努力をしたのだが、残念なことに十数年近く経つ今でもあまり進展はない。
そして今現在でもエンによる言葉の訂正と会話の練習がなされている。
しかしその訂正にも当の本人は眉間に少ししわを寄せるだけでこれといって何か反応があるわけでもない。
「まぁ、お前のそれは今に始まったことでもないし半分諦めてるけどさ。せめてもう少し言葉の活用をしようぜ?」
「・・・・・・いい」
『必要ない、かまわない』とでも言いたいのか。
相変わらず眉間にしわを寄せたままに呟いた彼の言葉を正確に理解してしまったエンは、がくりと項垂れる。
そうして不意に頭を上げたかと思うと、ゴウの持っていた袋の中から包みを適当に一つ取り上げた。
「ったく、しゃーねぇ奴」
開けた包みからチョコを一つ取り出して口に入れ。
呆れている口調ではあるが彼の顔には少しばかりの笑顔が浮かんでいた。