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刻の本

古びた本は 今も昔も刻(とき)を刻む。

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Dramatic Record ~Part 22~

「おらーそこのクソガキども舐めたマネしてっとパクリーヌに食わせるぞー☆」

間延びしたやる気のない声でとんでもない事を告げてくださったのは、ショートにした焦げ茶の髪に赤茶の瞳を持つ女性教師---今現在行われている医術・薬草学を受け持つ教師の内の1人であるルリだ。
そう言った彼女の片手には分厚い古びた本が、もう片方の手にはなんとも奇怪な植物が植わった鉢植えが持たれていた。

「パクリーヌちゃんは食人植物だから気をつけてね☆」
「ちょっとまてぇぇぇぇ!?」

前述の通り食人植物なのだろう件の『パクリーヌちゃん』は、鉢植えの中で自身の大きな口を開き獲物を食せるのかと待ち構えている。
それに悲鳴を上げたのは勿論ながら生徒たちだ。
彼女に『食わせる』と言われた生徒たちはというと、真っ青な顔で今回の教室でもある温室の隅に塊り怯えている。
当然の反応だろう。
誰だって食われたくはない。

「なんでそんな危険物がここにあるんですか!?」
「そりゃー、温室では色んな植物育ててるから」

「それは判ってますけどソレって別の温室にありましたよねぇ!!?」
「こんなこともあろうかと持ってきたんです」

「いくら小さくても危なくないですか!?」
「あは、まだまだ子供だから腕がちょっとなくなるくらいだよ☆」

「「「「十分危険じゃないですか!!!!!」」」」

「えー・・・」

そう、この学園にはいくつかの温室が存在する。
それらの温室は扱う植物の種類によって別けられており、今回ルリが持ち出してきた『パクリーヌ』が置いてあった温室はいくつかある内でもっとも危険な場所である。
その温室にはこういった『食』の植物や毒性を持つ植物などが置いてある。

「パクリーヌちゃん可愛いのに、ねー?」

と、ルリが片手に持つ植物へと語りかけると、彼女(?)もまたルリへと返事するかのように口のある部分を上下させた。
どうやら彼女(?)は人の言葉を理解し、ある程度の意思の疎通が出来るらしい。

「これさえなければ良い先生なのに…」
「ああ…」
「だな…」

「「「「「ほんとう、何でこの人こんなに変人なんだ」」」」」

そう呟いた生徒の視線の先には、相変わらず植物と会話する教師の姿があったとか。



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Dramatic Record ~Part 21~

~闇の長と側近たちの場合~

「魔王様、いい加減機嫌を直してください」
「・・・・・・・・・」

 ここは魔城の中にある一室。
執務室を連想させる造りの部屋にはソファーに座る男性と、その傍に控えるようにして佇む男女の姿があった。

「はぁ・・・」

ソファーに座り重い溜息を吐いたのは、背へと流した漆黒の長い髪と同色の瞳を持つ彼---魔物の統率者にして大いなる母とも呼ばれる生みの親、そしてレイナに変態と言わしめるほどの奇行の数々を繰り返してくださる魔王クロス。
その傍に控えている濃紫の髪と金色の瞳を持つ男性---夢魔のインキュバスは、片手でもって呆れにより歪められた秀麗なその顔を覆い隠した。

「主、いくらあなたが落ち込もうとも御子に言われたのであれば仕方ないでしょう」
「そうですよ。大体、姫様にああ言われてしまったのはあなた様の日ごろの行いのせいなのですから。」

インキュバスの言い放った言葉に続き、彼の傍らに立っていた女性もまたクロスへと厳しい言葉を投げかける。
薄青の髪と青紫の瞳を持つ女性---インキュバスと同じ夢魔であり彼とは対の存在であるサキュバスは、クロスの前に出されていた、今ではすっかり冷めてしまった紅茶を手に取り『淹れ直してきます』と一言言い置いてその場から離れた。

「・・・・・・なぜ、どうして。最近はおとなしくしていたと言うのに!一体全体この私が何をしたと言うのだ!?」
「サキュが先ほど言ったでしょう。日頃のあなたの行いが悪いのだと」
「それで納得できるとでも思うのかい!?」

『納得もなにも、嫌がられているのだから諦めてください』と厳しく言い放った彼の言葉を受け、クロスはとうとうソファーへと完全にくず折れてしまった。

「毎年毎年この時期になると『こっちへ来るな』と脅すだなんて…」

最早クロスにインキュバスの言葉は届いていないのか。
聞く耳も持たず自分の世界へと入り込んでしまっている。
勿論ながらソレは悲観の海である。

「どうしてあの子はこんなにも冷たいんだ!?」

あの子、とクロスが言うのはただ一人。
毎度毎度何かにつけてちょっかい、もとい可愛がっている金色の少女、レイナのことだ。

「あら、まだ落ち込んでおられるのですか?」
「ああ、おかえり」

そこへ戻ってきたのは紅茶を淹れ直しに行っていたサキュバス。
銀のトレイの上にはティーセットと、なにやら包みが載っている。

「私だってこの記念日にあの子に会いたいというのに。なのに『来たら絶縁』なんてあんまりではないか!!」

そう、彼が今日この日に落ち込んでいるのはそれが理由。
バレンタインと言う日を楽しみにしていた彼に数日前に言い渡されたのは、『もし当日に姿現してみなさい。一生口きかないから』というレイナからのなんとも(彼からすれば)非常な一言だった。
色々とちょっかいは出しているが基本的に彼女のことを溺愛している彼からすればその一言はあまりにも残酷。
おかげで彼女の元へ行きたくとも行けず、今現在も側近が戻ってきたことに気付かず愚痴を言っているわけである。

「サキュ、それなんだ?」
「ああ、これ?他の子が姫様から預かってきたらしいの」
「あの子から!?」

側近の会話に割り込んできたのは、言わずもがなクロスだ。
『レイナからの預かり物』と聞き先程までの悲壮感はどこへやら。
今はすっかり普段の調子を取り戻したのか漆黒の瞳は心なしか輝いている。

「はい。魔王様に渡すようにと言付かっているようです」

そう言って渡されたのは、先程銀のトレイに乗せられていた包み。
少々大きめのソレは見た目よりも少し重いくらいだろうか。

「カードもあるようですよ」
「何と書かれているんだい?」

差し出されたカードを受け取って。
開いたソレを見た彼の顔は、喜色満面。
そのカードにはこう書かれていたそうな。

『クロスへ。

 どうせ今頃落ち込んでるんでしょうが、私は一言もあげないとは言ってないわよ?
 中身はチョコケーキだから、みんなで仲良く食べないさい。
 いい?みんなで食べるのよ。』

念を押しているあたりが彼女らしいと言うか。
貰えた事に上機嫌になった彼が、レイナの言いつけを破るのは時間の問題。
『ああ、これはダメだな』と側近たちが思ったのは言うまでもなく。
その言葉は口に出されることなくそっと胸の内にしまわれた。



 


Dramatic Record ~Part 20~

~苦労人とその相手の場合~

「エン」

『食べる』と言って差し出されたのは。
紙袋の中へとぞんざいに入れられたであろう事が判るお菓子の山。
山と言っても紙袋に入っているあたり高が知れているが。
それでも持ち手の部分まで侵蝕して器用に積まれているそれは、それなりに重さがあるだろうにもかかわらず彼の腕の中でなんでもないかのように存在を主張していた。

「おー、今年も見事だな」
「・・・」

名を呼ばれた、肩につくかつかないかでザンバラに切られた漆黒の髪と鮮やかな赤い瞳を持つ青年---エンは、毎度のこととは言えいつ見ても見事なそれに感嘆の声を漏らした。
とは言え自分も同じくらいもらっているのでそれほどリアクションするほどでもないのだが、彼の元来の性格を考えれば普通の反応であろう。

「しっかし、わざわざ用意する子も不憫になぁ」
「・・・苦手」

何が不憫って、せっかく彼のために用意したこのチョコたちは彼の口に入ることはないのだから。
先ほど名を呼んだ彼、高い位置で一纏めにされた深紅の髪に灰色の瞳の青年---ゴウは、エンの言葉に対してポツリと反応を示した。
隠す必要もないのだから生徒間でも周知の事実だが、ゴウは甘いものが大の苦手だったりする。
必要に迫られれば摂取するが、それ以外では勘弁願いたいというのが彼の本音。
しかしそれを判っていても尚甘いお菓子を渡す女性たちはなんとも強かである。

「食べる」
「あー、はいはい。でもさすがにこの数をすぐにってのは無理だからな?」
「・・・(こくん)」

さて、もう既に気付いた人も居るだろう。
先ほどからなされている会話には些細なようでそうではない食い違いが。
明らかに『食べて』と言わなければいけないはずが『食べる』になっている現状に。

「ちなみにな、ゴウ。こーいう場合は『食べる』じゃなくて『食べて』、だろ。言葉は正しく使うようにっていつも言われてんだからいい加減直そうな?」
「・・・・・・」

ゴウは普段からあまり会話をしようとはしない。
何かを喋ったとしても端的すぎる言葉のせいで並みの相手では会話が成り立たないのだ。
彼の言葉を正確に理解し会話できるのは極小数の限られた人数だけ。
家庭環境はいたって普通だったはずだ、とエンは記憶している。(何せ自分は彼の幼馴染であり兄弟のように育ってきたのだから。)
しかし何がどうなってそうなってしまったのか、現状はこれである。
さすがにそれでは拙いだろうと多大なる危機感を覚えた周囲の人間が、それはもう涙ぐましい努力をしたのだが、残念なことに十数年近く経つ今でもあまり進展はない。
そして今現在でもエンによる言葉の訂正と会話の練習がなされている。
しかしその訂正にも当の本人は眉間に少ししわを寄せるだけでこれといって何か反応があるわけでもない。

「まぁ、お前のそれは今に始まったことでもないし半分諦めてるけどさ。せめてもう少し言葉の活用をしようぜ?」
「・・・・・・いい」

『必要ない、かまわない』とでも言いたいのか。
相変わらず眉間にしわを寄せたままに呟いた彼の言葉を正確に理解してしまったエンは、がくりと項垂れる。
そうして不意に頭を上げたかと思うと、ゴウの持っていた袋の中から包みを適当に一つ取り上げた。

「ったく、しゃーねぇ奴」

開けた包みからチョコを一つ取り出して口に入れ。
呆れている口調ではあるが彼の顔には少しばかりの笑顔が浮かんでいた。



 


Dramatic Record ~Part 19~

~彼(か)の夫婦の場合~

「はい、リュウオウ」
「ん」

ここは教師等の一角、教師たちに与えられている私室(?)の内の一つ。
陽の当たる窓辺付近に置かれたソファーに座っているのは仲睦ましげな一組の男女だ。
外同様、彼らの周囲にも目には写らぬ桃色の雰囲気が漂っていた。

「どうかしら。今年は甘さを抑えてラム酒を多めにしてみたのだけど」
「うまい。毎年ありがとな」

緩くウェーブする白銀の髪を束ね、薄い青の瞳を優しさに満たした女性---ユキメは、目前の男性へとその白磁の指でつまんだトリュフを差し出す。
それに対して首の後ろで一括りにした青く長い髪と同色の瞳を持つ男性---リュウオウは、俗に言う『あーん』状態のそれを何の躊躇いも恥ずかしげもなく口にし、咀嚼した。

「ふふ、それはよかった」
「まぁ、おまえの作ったものはなんでもうまいがな」

この男女、学園でも有名なおしどり夫婦である。
さすがに授業面では公私混同することはないが、それ以外のプライベートな時間ではよく今の様に仲睦まじくしている姿が目撃されている。
結婚してそれなりの時が経つらしいのだが、未だに夫婦の仲に溝ができることもなくいつまでも新婚気分というのだから、中々にすごい事だ。

「授業がなければ外に行けたのだけれど…。仕方ないわね」
「なぁに。次の休日に外へ行けばいいだろう」
「まあ、あなたったら」

言いながら、そっとユキメのおでこにキスひとつ。
くすぐったそうに、けれどもとても幸せそうに彼女は笑う。
そんな妻の様子を見てリュウオウの普段はいささか険しい表情をしている顔にも微笑が。
今日も2人は幸せそうです!


◇◆◇◆◇


~おまけ~

「(うっわ、入るには入れない…)」

室内の、仲睦まじくしている夫婦を少し開いた扉の影から見つめている影が一つ。
陽の下に晒せば淡く煌くであろう金糸と、蒼穹を切り取ったかのように澄んだ蒼い色を湛える瞳を持つ少女、レイナだ。

「(えー…どうするかなこれ)」

姿勢はそのままに、そっと視線を下へと逸らすとそこに見えるのは大小様々な包み。
自分からの分はもちろん、ここに来るまでに他の人たちから渡された分も含まれている。
何かの記念日となるとあの2人は非常に仲睦まじい姿を見せてくれるのはいいのだが、いかんせん近づきにくい。
彼らも毎年のことで心得ているのか、自分で渡すことはせずわざわざレイナ経由だ。

「(くそ、みんなして私に押し付けやがってっ!)」

毎度のことなので半ば諦めているのだが、それでもやはり愚痴を言いたくなるもので。
ついつい口調も悪くなってしまう。

「(うーん…今回はいつも以上に近づきにくいな)」

そう、なぜだか今回はいつも以上。
おかげで普段ならそこまで戸惑うこともないのにどうしても部屋に入りづらい。

「(仕方ない、後で気付くだろう…)」

そう判断した彼女は、先ほどよりも開いた扉の隙間からそっと包みの入った紙袋を入れる。
扉の横にそれを置くと、音も立てずに扉を閉めた。




Dramatic Record ~Part 18~

~双子と想い人たちの場合~

「あ、兄様」
「ん?」

レイナが去った後。
周りにいた女子生徒たちを何とか振り切った兄弟は教師塔へと戻って来ていた。
そして何かを思い出したのかコウヤがポケットを漁りながら声をかけてくる。

「俺もねー、用意してたの」

そう言って手渡されたのは可愛らしい包み。
以外にコウヤはこういったラッピングが得意だったりする。

「はい、いつものね。もちろん甘さ控えめだよ」
「サンキュ」

そんなに甘いものが得意でない兄のために。
双子なのに離れて暮らしていたため好みの違う彼へと、彼の好む味へと仕上げてみた。
ちゃんと味見もしてあるから大丈夫なはず。

「俺からも、いつものな。」
「ありがと♪」

器用に片眉を上げて弟に手渡したのは言わずもがな。
意外にも料理の上手な兄の作ったものだから、間違いなく美味しいだろう。

「みーつっけた」
「こちらにおられましたか」

きゃいきゃいと仲良さ気に戯れている(主に弟の方からでありなぜだか彼の腕は兄の首に回されている)双子へと声をかけたのは、短く切りそろえられた茶髪に赤茶の瞳の女性と、背まで届く漆黒の髪を結い上げ同色の瞳を優しげに眇めた女性だ。

「ルリにサヨちゃん!」

気がついたコウヤはスルリと兄の首へ回していた腕を解き、今度は茶髪の女性へと抱きつく。
抱きつれた彼女、ルリもまた楽しげに抱き返した。

「ほんっと仲いいよな」
「あら、お兄様には言われたくないわねぇ?」

呆れた様子で言ったコウリュウに、ルリもまた嫌味を籠めて言い返す。
といっても別に互いに本気ではなく、これは彼らなりのコミュニケーションの一環だが。

「コウリュウ様、コウヤ様。バレンタインのケーキ、です」
「私からもチョコをどうぞ!」

漆黒の髪の女性、サヨが兄弟へと包みを渡す。
それに習うように、コウヤから少し離れたルリもまた包みを手渡した。
サヨはコウリュウに、ルリはコウヤに、それぞれ特別なプレゼントを。

「「2人とも、ありがとう」」

さすが双子と言うべきか。
綺麗にハモったその言葉に、4人の顔には笑顔が溢れた。




Dramatic Record ~Part 17~

「はぁ…」

重い足取り、吐かれた溜息。
今日も今日とて陽の光を受け淡く煌く金色の髪を揺らしたのは、この学園の生徒会長であり何においても最高峰と謳われるほどの力を有した少女、レイナだ。
彼女の片手には少々大きめの紙袋が握られている。
彼女の周囲にはピンクのオーラを放っている者や、はたまたそわそわと忙しなく身体を小刻みに揺らす者など普段とは明らかに様子の違う者たちばかり。
それもそうだろう。
なんてったって本日は世の女性、はたまた男性たちが色めき立つ行事の一つ、バレンタインデーである。
そこかしこで匂ってくる甘い香りと甘い雰囲気。
毎年の事ながらもうんざりとしてしまうのは仕方ない。

「はぁ…」

もう何度目になるのか、数が片手を越えた時点で考えるのを止めてしまったので正確な数を把握していないが20になろうか。
それもそのはず、あちこちから寄せられる視線が実にうっとおしいことこの上ない。
視線を辿れば必ず行き当たるのは男男男。
目当ては間違いなく紙袋の中身だろうがしかし、これを奴らに渡す気は毛頭ないしましてや愛想を振る必要性も感じない。
そんなに飢えているなら他の女子にでも泣きつけ私は知らん。
まさにそんな態(てい)で男共の視線を無視し目的の人物たちを探す。

「あ、いたいた。コウ!」
「ん?」

視線の先には女子生徒に囲まれた幼馴染兼この学園の教師であるコウ兄弟。
コウリュウは困り顔だった顔を、コウヤは朗らかに笑っていた顔をレイナへと向ける。
実はこれでも私的な付き合いの教師が多かったりするのだが、特に問題もなさそうなので隠すことなく接していたりする。

「はいこれ、義理ね」
「わー、ありがとー♪」

紙袋を漁り取り出したのは綺麗にラッピングされた小箱。
中身は言わずもがな、チョコである。
もちろん先述で述べたように義理だ。
そしてそれを真っ先に受け取ったのはコウや。
ついでに兄の分も受け取る。

「なにお前、『菓子メーカーも購買数向上のために義理だの友だの逆だのと名目打ち出しては色々企んでほんと商売魂逞しいよなぁ』とか言って興味なさそうだったのに、結局策略に乗ったのか」
「昨日ルリっぺに捕まったのよ」
「ああ、それでか」

既にこの3人、周囲の生徒たちに対して『アウト・オブ・眼中』。
すっかり自分たちの会話の世界に入り込んでいる。
もちろんながらそこに恋愛要素は0。
まぁ、教師生徒ではなく幼馴染全開だが。
ちなみにルリと言うのは医術/薬草学の担当教師であり彼女らの幼馴染の事だ。

「昨日放課後に捕まってさ、家庭科室に連れて行かれたら、ね」
「ああ…」
「うわー、想像できちゃうよ」

なんというか、ご愁傷様。
連行されたその先にはエプロン三角巾装着済みの、片手にボール、もう片手にはゴムベラを持った女性たちがいたわけだ。
そしてあまり甘いものが得意ではないというのに付き合わされた、と。

「昨日のがまだ抜けてなくて気持ち悪い…」
「大丈夫か?」
「じゃ、なさそう…」

うっ、っと呻いて口元を押さえた彼女は本当に昨日の家庭科室での甘い匂いが忘れられないのか。
少し青い顔をしていた。

「とりあえず、まだ他のみんなに渡してないのよ」

渡し終わったらさっさと休むつもり。
そう言って、返事も聞かずに踵を返した彼女は手をひらひらとさせながら次に渡す人物を探す為校内へと消えていった。


◇◆◇◆◇


「やっぱりここにいた」
「お、レイナ。もしかして探してた?」

寮塔の最上階、普段は誰も寄り付かない(なんてったって地上からかなりの高さがある上階段しかない為非常に登るのが面倒でありましてやこの時期はまだまだ寒い)屋上にいたのはシュウだ。
コートにマフラー、手袋までして防寒対策はばっちり。
冷たい風が吹き付けるそこは地上よりもずっと寒いのでその格好は正解だろう。
そんな許にやってきたのは言わずもがなレイナであって。
彼の横にストンと腰を下ろすとポケットから何かを取り出す。
出てきたのは。

「Happy Valentine's Day」

言葉と一緒に出されたのは、他の人たちよりも綺麗にラッピングされた小箱。
派手なのを好まない彼女らしい、しかじ地味すぎることもなく控えめながらも華のあるラッピングだ。

「また随分と、手が込んでるなー」

もしかして本命だったり?
と茶化した彼に返ってきた答えは。

「もちろん、本命。私が義理をあげるとでも思ってた?」

あっさりと、そう答えてくださった。
まさか本当に望んでいた返事が来るとは思わなかったのか、その答えを聞いたとたんにシュウは顔はおろか耳も首も真っ赤にして。
慌ててレイナから視線を外してしまった。
その様を見ていたレイナはクツクツと喉の奥で笑っている。

「おまっ、それ、反則…っ」

貰った包みを大切そうに片手で抱いて、もう片方の手はテレを少しでも隠そうと口元に。
いまだ冷め遣らぬ顔の赤みははたしていつ引いてくれるのか。
夕日に全てが染まる中、こうして今日も彼らの戯れは続くのだった。




Dramatic Record ~Part 16~

「あーあ、見事に壊れてるね」

手のひらに乗せたそれを見て。
突然何の前触れもなく仕事場に現れた彼女へと、感心した風情で持って彼はそう言った。
その言葉に眉間へと軽く皺を寄せたレイナは、『力が成長途中なのは知ってるでしょ』と言いつつ行儀悪く頬杖をつき眼前の彼を軽く睨み付ける。
青紫の髪と青い瞳、先程まで作業していた為防火用具をつけたままの彼---この業界では知らぬ者など居ないほど有名な、そしてレイナの付ける抑制型魔器を作ることのできる唯一の細工職人、通称『蒼(アオ)』は、着けたままだった分厚い皮手袋を外しながら壊れてしまった魔器をマジマジと見つめていた。

「前のからかなり強力なのにしておいたんだけどダメだったかぁ」
「でもまぁ、3ヶ月はよくもったほうだよ」
「だよなぁ」

感心した風情ではあるのだが、どこか悲しげである。
それもそうだろう。
自分が他にあった仕事を投げ出して数週間もかけ作った魔器が、3ヶ月で壊れてしまったのだ。
すぐに壊れるのはいつものことだから泣きはしないが悲しいものは悲しい。

「ううう、とっても大変だったんだよ!?クロちゃんが新しく魔方陣作ってくれたからそれ必死で印したのにさぁ。籠める魔力だった昏倒寸前だったのに!」

今度こそ半年くらいはもつって期待したのに!
そうひとしきり呻いて落ち着きを取り戻した彼は『それで』と話を進めることにした。

「また新たに魔器を作ればいいんだよね?」
「ええ、お願い。それと頼んでた強化は済んでる?」
「もちろんさ!俺が君の頼みを後回しにするはずないだろう」

言っておもむろに立ち上がった彼は、近くにあった台に置かれていた箱を手に取ると元の場所へと腰を下ろした。
その手にあったのは控えめながらもどこか品を感じさせる造りの箱。
片手に収まる程度の大きさのそれは蓋の部分が透けており、箱の中が装飾品入れになっているのが見て取れた。
ゆっくりと開けられた蓋、その中に納まっていたのは3つの指輪。
レイナが壊してしまった指輪に刻まれていた魔方陣と酷似した、しかしそれより幾分か複雑で細かい魔法陣が描かれている。

「これよりも強いはずだから、とりあえずこれをつけてて。髪飾りとチョーカーも強化したほうがいいかな?今嵌めてる指輪の強化は確定だね」

収められていた指輪をレイナへと渡す。
レイナも今自身が嵌めていた指輪を外し、彼へと渡すと新たに渡された物を嵌めなおして。

「ん、さっすが蒼。上出来だね。残り2つも強化してもらいたいんだけど…他にないからなぁ」
「ね、姫」

新たな魔器の調子を確かめた後思案の海に浸ってしまったレイナに、声をかける。
その声に『何?』と浮上した彼女は首をかしげて彼を見つめた。
見つめた彼は先程までの軽い調子ではなく、真剣そのものの眼差しで口を開く。

「そろそろ、魔器の数を増やさない?さすがに今渡した以上の強さの物は難しいよ。君があまり装飾をつけたがらないのはわかるけど、今の数では抑えきれない。だから、ね?」
「・・・・・・・・・」

今の数では限界が近い。
だから数を増やさないかと。
たしかに作るという点では負担が多くなるが数を多くする分魔器が壊れるまでの期間も長くなるだろう。

「そう、ね。たしかに限界かも。いい加減数を増やすべきかな」
「そうと決まれば早速デザインだね!何がいいかなぁ、姫は綺麗だから何でも似合いそうなんだよね。あー、創るのが楽しみ!」

既にどんなデザインにしようかと彼の頭はそれでいっぱいのようだ。
へたをしたら周囲にピンク色の花が飛び交っていそうなほどその顔は緩んでいる。

「とりあえず、デザインは任せるよ。言っとくけど派手なのは勘弁だからね」
「わかってるって。出来たら連絡入れるから楽しみにしてて!」

本当にわかっているのか。
今の勢いだと不安ではあるが、まぁ大丈夫だろうと判断して。
『頼む』と一言言い置いてその場を去った。




Dramatic Record ~Part 15~

「あ」

パキ、と何かの割れる小さな音。
その後に続いたのは小さく漏れた声。
その瞬間、少女の内包する魔力が膨れ上がった。

「うわっ!?」
「ちょ!」
「あー…ごめんごめん」

膨れ上がった魔力は少女を中心に渦を巻き、激しい風を起こす。
その勢いに周囲に居た生徒たちが悲鳴を上げた。
しかし当の本人---レイナは、実にのんきな様子。
そして彼女が謝ってすぐ、魔力の奔流が掻き消えた。

「レイナ、どうしたの?」

少し離れた場所で他の生徒を相手していたシュウが駆け寄ってくる。

「んー、魔器が壊れた」
「ぇえ!?」

よく見ると彼女の右手に嵌められている2つの指輪の内1つが、ひび割れ壊れていた。
本来指輪はその様には壊れないのだが…。

「えー…面倒だなぁ」
「面倒がるな!」

魔器ってできるまでに時間掛かるのに、とぼやきながら、壊れたそれを指から外す。
これはもう使い物にならない。

「今回はまだもったほうじゃないか?」
「アサキ先生」

魔法学の担任であるアサキが他の生徒に指示を出しながらこちらへ歩いてくる。
ひとつに結い上げた新緑の髪と浅黄色の瞳、男性の様な口調で性格も実に男らしい女性教師だ。

「前のより強力なのを作ってもらったのに…」
「まぁ…」
「あんたの場合はねぇ…」

なにせレイナの魔力は誰よりも強く右に出るものは居ないほど。
その強い力を抑えるために本来の役目とは真逆の、特殊な魔器を作ってもらっているのだ。
普通の魔器でさえ1つ作るのに時間が掛かるのに、特注ともなればなおさらの事。
更にその分のお金も掛かってくる。
もっとも、いつも作成を頼んでいる職人が彼女の事を気に入っているようで値段は格安だが。

「替えは?」
「ない」

即答である。
普段は替えの魔器を用意してあるのだが生憎と今強化してもらっている最中で。
強化と新しいのを作ってもらうのとでまた出費が、と彼女の眉間に深いしわが刻まれた。

「頼みに行かなくちゃ…」
「ちゃんと行けよー」
「レイナ早退、と」

他の先生にはちゃんと説明しておくから、と言われて。
そのままにしておくわけにもいかず、結局細工職人の所へ行くこととなった。




Dramatic Record ~Part 14~

「・・・・・・・・・なぁ」
「ん」
「なんで俺はここにいるんだろうな?」
「・・・手伝い」
「っく・・・」

そんな遣り取りが為されているのはエリアル学園中央にあるグラウンドの片隅。
そこには深い藍の髪と瞳の青年と、赤い髪に漆黒の瞳の青年が立っていた。
そんな彼らの目前ではストレッチをする生徒たちの姿…が見えるはずなのだが。
変わりに写っているのは壮絶な追いかけっこをするリュウオウとエンの2人だ。

「てんっめぇ!待ちやがれ!!」
「止まったらボコんだろ!!?」
「当然だろうが覚悟しやがれ!!」
「ぜってーヤだね!」

必死に逃げるエンを、絹布を槍へと変えたリュウオウが追いかける。
両者とも着かず離れず、槍がギリギリ届かない距離だ。
ちなみにどちらかが手を抜いているわけではなく、それ以上距離を縮められないだけらしい。

「戻ってもいいか?」
「だめ」

コウリュウの担当は本来語学だ。
なのに例の如く今眼前で追いかけっこをしている2人によって連れてこられた。
まぁ、本人も今の時間は授業がないのでのんびりとしていたから問題はないが。

「つーか呼んだのあいつらだろ!?なんで追いかけっこしてんだよ!!」
「・・・喧嘩」

そう、彼ら2人の追いかけっこの原因は喧嘩。
といってもいつもちょっかいを出すのはエンであり、リュウオウがそれに乗ってしまうからこうなるのではあるが。
最終的には先にスタミナの切れたエンがリュウオウに捕まり説教を食らって終わりを迎える。
そして一度始まったこの追いかけっこはエンが捕まらない限り続くので厄介。
今ではすっかり名物となってしまうほどに日々繰り返されている。

「なぁほんともう戻っていいか?」
「人手」
「組み手でも指示しとけよなぁおい!?」

この格闘の授業、何気に生徒の人数が多い。
しかも今現在3人居る担当の内2人が居ないので1人でやるには辛い。
元々手伝わせる気満々だったが余計に返すわけには行かなくなったと。
馬鹿馬鹿しくなって戻っていいかと訊いたコウリュウに、ゴウは実に簡潔な返事を下さった。

「まぁたやってるよあの2人」
「コウリュウ先生、よく言いたいことわかるよな」
「あの人たちも人の事言えないわよね」
「どーすんだよ今日の授業」

ストレッチの終わった生徒たちは彼らの様子を見て苦笑していた。
実はコウリュウとゴウのこんな遣り取りも名物になりつつある。
あの2人と比べるとあまり目立たないのでそれ程でもないが、それなりに頻繁に為されている遣り取りでもあるからだ。

「ったく、俺まで巻き込むなよ!」
「・・・・・・」

結局あの後エンのスタミナ切れにより追いかけっこは終了。
授業は無事にできたがコウリュウによる説教が2人を待っていたらしい。